アクタージュ 覚書 その3 (黒山の映画 2)

2、万人受けする娯楽超大作で、日本映画のあり方自体を変えようとしている?

(1)黒山はどんな監督なのか

繊細な演出に長け、被写体となる人間の魅力を引き出すカメラマンとしても優れている。一方で、自分の撮りたいものを撮り、伝わる人間に伝わればいいというスタンスの持ち主でありました。

読み切りの「真夏の雪」、処女作の「たんぽぽ」はともに一人の女性の日常に寄り添うスタイル。

芸術性が高く評価される一方で、よく分からない映画という反応も・・・

100メートルも潜って、戻ってこないといわれた時期の夜凪と共通性を感じるところであります。

ただ、現在の黒山は他人に伝わる、伝えるということを決して軽視していません。実際、羅刹女の甲サイドの一般人には意味不明のラストを、乙サイドの演出では筋の通った解釈のラストとして示しているように、一般人に伝えるスキルも高いものがあるようです。

 

(2)今回の映画は売れる事を目指している

主演の夜凪の知名度を上げることを重視しており、プロモートの点で天知心一と組んでいる事、人気のある千世子、王賀美をキャスティング・・・と売れる映画を目指しているのは明らかです。

もっとも、単純に売れる映画を目指している訳でもありません。例えば、若手トップの百城千世子を主演にして彼女の魅力を引き出す娯楽超大作を作る方が無名の素人である夜凪景を育てて娯楽超大作を作るよりは容易でしょう。星アリサにある程度可愛がられているようでもありますし(笑 夜凪でなければいけない理由があるということでしょう。

 

(3)「業界」を壊す黒山の「野望」

アリサの台詞に夜凪という「武器」を手に入れた黒山が「野望」のために業界を壊しにくるという警戒感を滲ませたものが1巻にありました。このあたり、判断材料が少なくて抽象的な事しか分からないのですが、王賀美も悩まされた業界内のしがらみや千世子に天使の仮面を要求し続ける観客のありかた等を変えたいという意識はありそうです。

夜凪景という本物中の「本物」を娯楽超大作で広く認識させることで、観客、作り手の意識レベルから業界を変えていく起爆剤にしようということなのでしょうか。

 

3. なぜ、夜凪景が主演でなければならないのか

(1)物語と本当の感情

黒山はどんな色にも染まる星アリサの再来を探し続けており、ついに、スターズのオーディションで本当に「悲しみの中にいる」夜凪と出会うわけです。

一人の女性の感情を引き出すということであれば、黒山のドキュメンタリー作家としての高いスキルを使えば、極端なところ、被写体が役者である必要はないように思います。

現に「真夏の雪」では当時、看護師の彼女を被写体にして、映画を撮っています。ただ、黒山が被写体の本当の感情にこだわっているためなのか、彼女の感情が現れる日常の描写という現実が題材となっています。

他方で、非日常の描写の中で、被写体の本当の感情を引き出したいということであったのか、戦場を含めて世界中を回ってドキュメンタリーを撮っています。ただ、これも非日常ではあっても現実が題材となっていることは変わりがありません。

 

現実を離れて、日常と非日常を行き来する物語という虚構の世界の中で、被写体=役者の本当の感情を引き出したいということになれば、物語の世界で本当の感情を持てる被写体=役者が存在しなければ、黒山は物語=映画を撮る事はできない・・・ということでしょうか。

ただ、コレだと必要条件にはなりうるでしょうが、十分条件にはなっていない気もします。

物語の世界でも本当の感情を持てる夜凪景が主演であれば、どのような物語=映画でも撮りたいという訳でもなさそうだからです。

 (2)他のキャスト

夜凪が主演という事の他に、他のキャストもヒントになるかもしれません。

①黒山が天球の練習を観に来ていて、舞台役者と自分の映画は相性が悪いと語るエピソードが6巻にあります。阿良也であっても自分の映画とは相性が悪いということなので意外に思った

部分であります。舞台役者は感情表現が誇張されたものになるということなのかもしれず、そこが役者の感情を繊細に拾いあげる自分の映画とはあわないということなのでしょうか。

しかし、「何を演じても王賀美」である王賀美についても感情を繊細に拾いあげるという点には

あっていない気もします。カメラの前で被写体として演じるスキルの問題なのでしょうか。

ここははっきりしません。

②百城千世子に関しては、羅刹女乙サイドで一緒に仕事をした関係でもあり、黒山も従前とは異なり、千世子の芝居を気に入ってるようなので共演も当然ではないかと思われます。

③では、環蓮は?夜凪を「今の墨字くんのお気に入り」と揶揄する環はたんぽぽに主演した頃は黒山の「お気に入り」だったのでしょう。星アリサや夜凪景とは別系統のスキルを持った役者に成長しており、それが今回の超大作にはあっていないのか、あるいは、20歳前後の女性が主役になるような話なのでそこで

声がかからないのか、または、トップ女優を主役に据えたのでは業界を壊すという目的にそぐわないのか。いずれにしても声はかかっていないようです。

ただ、環に関しては黒山の撮ろうとしている映画をある程度知っていてようにも思えます。環蓮については別に考えてみたいと思います。

 

 

次は黒山の撮りたい物語がどんなものなのか、ほぼ妄想になりますが(苦笑)、考えてみたいと思います。