アクタージュ 覚書 その1

原作者の不祥事により、打ち切りとなった少年ジャンプ連載漫画「アクタージュ」

既に出荷停止措置にもなっており、このまま消えてゆくのは避けられません。

 

アクタージュについて、書く前にこの不祥事について自分がどう考えているのかを明らかにしておこうと思います。

打ち切りは当然かと思いますし、原作者が法律上、社会上の責任を負って贖罪していくことになるのも道理でしょう。

また、作品に罪はないという考え方はあるにしても、不祥事により作品自体が色眼鏡で見られることもあり、作品の発表されている部分についても大きく傷つけられました。

個人的には、原作者のクリエイターとしての文化的な責任は法律上、社会上の責任よりはるかに重いと考えています。原作者が関わる形の続きはもはや許されないでしょうし、許すべきでもないと。

 

ただ、読み返してみても、作品自体はやはり優れて面白かったという認識は変わりませんでした。

そこで、心残りをいくらかでも解消するために、覚書を残しておこうと思い立ちました。

 

作品についての覚書に徹しようと考えております。

 

まずは、アクタージュのゴールであった黒山監督の超大作映画とはどういうものなのか。

 

考える材料はいくつかあがっています。

1、夜凪景(星アリサの再来)が主演女優として必要だった事。

 ( 助演に、百城千世子・王賀美陸)

 

2、黒山が撮りたい映画ではなく、撮るべき映画といっていること。

 (天知心一がプロデュースしており、金が必要な超大作のようであること)

 (作中の黒山作「たんぽぽ」「真夏の雪」が一人の女性の日常をドキュメンタリーのように

 描いたものとは異なるテイストなのか?)

 

次までに、宿題として考えてみたいと思います。